割れたガラスの島


(at Daniel Reich Gallery, July 15th – August 10th, 2007)


年のはじめ頃から僕は、郷愁にも似た、どちらかと言えばネガティブな衝動に駆られて、育った島の景色をちぎり絵という媒体を用いて描き始めました。この子供じみた作業は面倒くさく制限の多いものでしたが、同時に内省的・思索的な行為でもありました。 描かれた風景は、全て僕の個人的な記憶、あるいは僕の幻想の記憶から生まれてきたものです。ですから、何百、何千もの紙切れからできたそれは、必ずしも正確な描写ではなく、そこには確かなズレがあり、ゆがみがあります。また、「ちぎり絵」というメディアは本質的に稚拙さを伴いますし、おりがみのもつ濃縮された色彩はその風景をどぎつい原色に染め、より現実味を失わせます。

ファンタジーと嘘ではち切れそうな大人げのないその絵たちは、僕に直接的に作用し、親密なものとなりますが、あくまでもこれらは幻想です。生まれた島は奇麗な場所でしたが、とても嫌いな場所でもあったから。このまま理想化してもだめだし、だからといってティーンエイジャーのような逃げごとも続けてはいられない。

僕はこの絵たちと一定の距離を置かなければならないと感じ、絵を作り上げたその後にひとつひとつシュレッダーにかけて粉々にしてしまうことにしました。ただし、そのちぎり絵たちを、白黒写真と言う客観的なメディアでもって記録しながら。こうすることで、描かれたものを記憶としてきちんと記録・処理出来ると考えたのです。

シュレッダーにかけられた後の紙切れが山をなし、島を形作ります。それは、色とりどりの記憶や幻想、少しの現実の断片から出来上がった、僕自身の生まれた島のようなものでもあり、そしてまた実在するはずも無いファンタジーの上に成り立っている島でもありました。

この島を見据えるカメラがあります。僕が写真を本格的に学びだした頃から使い続けてきたカメラ。ずっと、「無限」でのみフォーカスが合うカメラをつくりたいと願っていました。そして、僕はこのカメラに小さな細工をしてそれを可能にしました。この客観的な存在は、島に対しフォーカスをあわせる事が出来ない。ビューファインダーをのぞいて見えるのは、ぼやけた灰色だけ。

Chigirie-s:
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Installation Views:
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